道南青年の家の思い出
今年は、1858年函館に日本で最初のロシア領事館が置かれてから150年、また現存する旧ロシア領事館の建物が竣工した1908年から数えて100年の記念すべき年である。現在この建物を所有する函館市はこの2008年を「函館におけるロシア年」とし、市内各所で様々な展示やイベントを行っている。
今では旧ロシア領事館といえば明治期の面影を伝える観光名所として、外から眺めることしか許されていないが、1965年から1996年までの間は「函館市立道南青年の家」という名の青少年のための宿泊研修施設であった。私を含め、この時期に函館で子供時代を過ごした者は、一度は泊まったことがあるのではないだろうか。考えてみればとても贅沢な話だ。
赤レンガの外壁と白漆喰の縁取りが目を引く2階建ての建物は、幸坂の途中に面している。幸坂はとても急な坂で、玄関の前で集合写真を撮るためにしゃがむと、シャッターが切られるのを待つ間によろけてしまうほどである。冬などは道が凍れば、車で上がるのはもちろん、歩くのも困難だ。こんな急坂の上にあるのは、領事館として港を一望の下に把握するためであろう。実際、港に向かった談話室の窓からは出船入船がよく見え、とても素晴らしい眺めである。内部は宿泊施設用に改装してあったが、玄関を入るとすぐ目に入る洋式の木造階段が領事館時代の名残をとどめていた。
宿泊研修は、学校のクラス単位やサークルなどで申し込む。明るいうちは周辺の名所・旧跡を散策、夜は食堂で自分たちで配膳し、食事を取り、入浴。朝は早起きして、国旗掲揚とラジオ体操、のち朝食。このような規則正しいスケジュールでの集団生活を通して、協調性や自発性を身につけるのである。
しかし、子供にとっては研修というより、楽しい“お泊り会”である。寝る前にホールに集まり、歌ったりダンスやゲームをする。特に興味深かったのはキャンドルサービスである。今では一般的になったが、宗教でも結婚式でもなく、なぜかみんなでろうそくを灯して語らうというその光景は、昭和時代の子供にとってはハイカラかつ神秘的なものであり、今でも強く印象に残っている。
たしか10名ほど泊まれるよう2段ベットの入った部屋がいくつかあり、消灯後も楽しいおしゃべりは続く。朝は談話室でまぶしい日を浴びながら本を読んだり、オセロをしたりして過ごすのだ。
私は小学生のときと中学生のときに一度ずつ、学校の行事として参加した。そして高校1年の冬休みにも、クラスの仲間を募り、自分たちで申し込んだことがある。高校では函館市以外の出身者、つまり未経験者もいたので、その楽しさを力説したおかげで、クラスのほとんどが参加したように記憶している。
今は宿泊研修施設としての役割を終え、高台から静かに港を見下ろしているこの旧ロシア領事館であるが、函館の大切な財産として、人々の心にも思い出を刻んでいるのだ。