ソ連・ロシアで迎えた新年の思い出
ロシア極東連邦総合大学函館校 准教授・学務課長 倉田 有佳
初めてソ連旅行をしたのは、大学2年の時だ。当時は個人でのソ連旅行はできなかったため、日ソ協会が主催する「日ソ友好の船」に参加することにした。1980年代初め、ソ連を旅行する学生など少数派で、若者が目指す海外は「アメリカ」だった。
両親は、「船で」ソ連に行くことに良い顔をしなかった。というのも、数年前に起きた「バイカル号殺人事件」(女子大生が船内で船員に殺され海中に投棄された事件)が頭をよぎったからだ。
ウラジオストクは閉鎖都市だったため、「横浜~ナホトカライン」の時代だった。今回はチャーター船ということで、新潟からの出港だった。上越新幹線開通1年前のことである。
ソ連時代のパスポートコントロール・税関検査はとにかく厳しかった。中でもナホトカは厳しいと聞かされており、女性の方が仕事に忠実だから、男性係員の列に並んだ方がいい、など助言してくれる人もいた。この前年にはソ連のアフガニスタン侵攻があり、正に「冷戦」の時代だった。
無事検査を終え、外に出るとバスに乗せられた。「ナホトカ駅」ならぬ「太平洋駅」のプラットホームにバスが横付けされるまでの所要時間はわずか数分。出発までの時間、長いプラットホームのはずれまで歩いてみた。線路の向かい側には木造平屋の一軒家があり、高い木の枝に下がっている手作りブランコが見えた。これで先ほどまでの緊張感が一気に和らいだ。
外国人専用の国際寝台列車は貸し切り状態で、一路ハバロフスクへ出発。夜行列車のため、外の景色はほとんど見えない。同じコンパートメントに寝ないで外をじっと眺めている男性がいた。「自分が作った線路を見ておきたいから」、と答えてくれたが、シベリア抑留者の気持ちに寄り添うにはまだ若すぎた。
一夜明け、「ハバロフスク駅」に到着した。アムール川沿いの「インツーリストホテル」で一泊し、翌朝、空港からグループごとに目的地に向け飛び立った。これがソ連旅行の定番だった。
この時のタシケント、サマルカンド、ブハラ、ヒワを巡る「中央アジアの旅」を皮切りに、ソ連国内をあちこち旅行した。その思い出は尽きないが、今回はソ連・ロシアで迎えた新年の思い出を断片的に綴ってみたい。
そもそも、年末年始をソ連で過ごそうなどという奇特な日本人とはどんな人たちだったのか。世界中を旅し尽くした熟年夫婦もいたが、大半は身軽な独身者だった。「寝正月で終えるのはもったいない、でも実家に帰って家族と新年を迎えるのは面倒だ」、といった人もいれば、「ソ連の新年は誰とでもキスできるから毎年参加している!」、と豪語する中年独身男性もいた。好奇心旺盛な若者たちは、「ソ連の」新年を体験してみたくて参加していた。女子は少しばかりおしゃれなワンピースに着替え、ホテルのレストランに集合した。
ソ連時代のレストランには大音響で演奏するバンドが付きものだった。飲み食いよりも、音楽に合わせて踊ることを楽しんでいたようだ。
いよいよクレムリンのスパスカヤ塔の時計(モスクワ時間ではなく現地時間)が12時を指し、鐘が鳴り出すと、立ち上がってシャンペングラスを傾け、「新年おめでとう!」を連呼する。この直前、大晦日の恒例行事として、時の最高指導者の演説が行われることは、ハバロフスクの知人宅でテレビを観ながら新年を迎えるまで知らなかった。
この親切なロシア人一家にはずいぶんお世話になった。ある年は、レーニン広場に連れて行ってもらった。巨大なヨールカ(もみの木)と大きな雪の滑り台が名物で、それを目当てに大勢の家族連れがやって来ていた。当時10歳だったイゴール少年と一緒に滑った爽快感は、今なお忘れられない。向い側の高層ビルの大きな電光温度計がマイナス25度を示していた。
時代はソ連から「ロシア」へ。舞台はモスクワに移る。大学寮の8平米の部屋に、仲良しの美奈、ソチ出身で英文学専攻のリーナ、カルムィク人で民族学専門の大学院生ジーナを招き、4人で簡素に祝った。暖房の十分効いた部屋に飽き、新鮮な空気を吸いに屋外へ出ると、余りの寒さに酔いが一気に醒めた。周囲は森。足元から堅くしまった雪がきゅっきゅっと響いた。
ウラジオストク時代の大晦日では、エリツィン大統領の突然の退任表明が忘れられない。友人のスヴェトラーナさんに誘われ郊外のダーチャに行ったはいいが、この重大ニュースで気もそぞろとなり、何を食べ、どう過ごしたのか全く記憶に残っていない。
最後にモスクワから一時帰国中、久々に母と二人で過ごした日本での大晦日の思い出について一言。紅白歌合戦も終わり、12時を迎えた。母に向かって「あけましておめでとう」、と言うと、返ってきた言葉は、「日本の新年は1月1日の朝。『おめでとう』のあいさつは、元旦の朝、家族がそろったところでするもの」。
いずれも15年から30年以上前のことだが、当時の知人・友人たちの顔、そしてロシアの厳しい冬の情景が懐かしく思い出される。イゴール少年は、その後ハバロフスクの大学で日本語を専攻したと聞く。ロシア美人のリーナは結婚相談所で知り合ったイギリス人と結婚し卒業後に渡英。ジーナは学位を取得したが研究職には就けず、故郷エリスタで化粧品販売員の道を選んだ。ソ連崩壊後の混乱期をたくましく生きた二人。
かつてソ連・ロシアで新年を共に迎えた仲間たちにとって、この新たな年が平安で幸多き一年となりますように!
学務課お知らせ
卒業試験日程
1.ロシア地域学科4年生は、下記の日程で国家試験を行います。
国家試験 3月 1日(木)
卒業論文審査会 3月 2日(金)
2.ロシア語科2年生は、下記の期間内で卒業試験を行います。
2月27日(火)~3月9日(金)
3.ザチョットは、以下の日程で行います。
後期試験日程
1.ザチョット
2月20日(火)~2月26日(月)
2.エグザメン
2月27日(火)~3月 9日(金)
3.再試期間
3月12日(月)~3月16日(金)
卒業年次以外の学生にのみ、この期間に再試験を行うことがあります。
出席率不足の学生は
本校は出席率80%以上が期末試験の受験資格となっています。出席率が低かった学生は受験資格を得るため担当教員の指導を受けてください。
日本学生支援機構奨学金 継続願・適格認定説明会
1月11日(木)14:40より、5番教室にて卒業年次以外の奨学生全員を対象に説明会を行います。
都合により参加できない学生は、説明会開始前までに事務局学務課に申し出てください。
この説明会に参加せず、継続願を提出しない学生は、新年度4月からの奨学金は貸与されません。
石館とみ奨学金審査会
3月15日(木)石館奨学金選考審査会を行います。この日の審査の対象となる学生は、3月12日(月)の教授会において奨学生候補生に選ばれ選考審査会へ推薦された学生です。候補生となった学生には、3月12日(月)夕方、本人へ通知しますので、学校が指定した日時に登校し、選考審査会と準備について、事務局で説明を受けてください。この説明会と選考審査会には学生本人が出席しなければなりません。
パスポートの取得について
今年、留学実習に参加する、あるいはJT海外インターンシップ等を希望し、ロシアへの渡航が予想される学生で、現在パスポートをもっていない人は、3月~4月の春休み中には必ず申請してパスポートを取得しておいてください。なお、ロシアへの渡航には、パスポートの有効期限は、申請するビザの出国期限より6ヶ月以上必要です。渡航前にしっかりとチェックし、必要な場合は更新しておきましょう。
お知らせ
第20回はこだてロシアまつり
2月10日(土)11時~15時に開催します。まつりのテーマは「ロシアまつり~二十歳~」です。
1998年から毎年開催している「はこだてロシアまつり」が今回で記念すべき20回目を迎えます。
まつりは、極東大函館校オリジナル版のマースレニッツァから始まります。寸劇や学生が歌う歌で賑やかに盛りあがり、寒く暗い冬に別れを告げる儀式として、冬の象徴であるモレーナ(体長2メートルのわら人形)に火を放ちます。
屋内会場では、好評のロシアカフェ、かわいいロシア雑貨の販売、民族衣装試着体験、はじめてのロシア語教室や、チェス体験、学生コーラスグループ「コール八幡坂」によるステージショーに、寸劇、学生発表、そして今年はご来場いいただいた皆様に楽しんでいただける20周年記念企画もご用意しています。ぜひ、みなさんお揃いでお越しください。
なお、当日は駐車場が使用できませんので、公共交通(市電・バス)をご利用ください。
卒業証書授与式等案内
平成29年度第23回卒業証書授与式は、次の通り挙行します。
○卒業証書授与式
日時:3月17日(土)午前10時
場所:本校3階講堂
○卒業式リハーサル
卒業式前日の16日(金)10時より講堂で行います。卒業予定者と送辞担当者は必ず出席してください。
○自治会主催 卒業生を送る会
17日(土)卒業式終了後に講堂で開催します。
○同窓会パーティー
17日(土)18:00より市内ホテルにて
開催します。
※卒業式、自治会送別会、同窓会パーティーは、学生全員参加となっています。
各行事についての詳細は、掲示してお知らせしますので各々確認してください。
短信
第10回 АБВГ-Day
11月8日(水)ロシア語学習促進と発表の場としての言語まつりАБВГ‐Day(アー・ベー・ヴェー・ゲー・デー)が開催され、函館校の学生のほか、留学中のロシア人学生4名が参加しました。
個人発表部門では、学生たちが日ごろ学習している言語(日本人学生はロシア語、ロシア人学生は日本語)で3分~5分ほど発表を行い、チーム対抗部門では4つの混合チームに分かれてゲーム形式で言語知識を競い合いました。
その結果は以下のとおりで、落語をロシア語に翻訳して発表したロシア地域学科1年生の平原さんは2位入賞のほか、ロシア領事賞も受賞しました。
第1位 ロシア地域学科2年 工藤さん
発表「ロシアのフィギュアスケートについて」
第2位 ロシア地域学科1年 平原さん
(極東亭リョーバ)落語「時ソバ」古典
第3位 ロシア地域学科4年 金子さん
発表「古のポストカード第3章」
芸術賞 ロシア地域学科4年 大平さん
歌唱「ゲット・アウト!」
2018オリジナルカレンダー
昨年作成したオリジナルカレンダーが好評だったため、今年は学生が撮影したものも含めて作成しました。昨年同様ウラジオストク・サンクトペテルブルク・モスクワの三都市に加え、日露青年交流事業で学生が派遣されたエカテリンブルク、さらに全道ロシア語弁論大会の副賞で学生が訪れたユジノサハリンスクで撮影した写真も加えました。
本校事務局で1部500円にて販売中のほか、2月10日(土)のロシアまつりでも販売します。収益は「第20回はこだてロシアまつり実行委員会」に繰り入れ、学生の活動に役立てます。
詳細はホームページ http://www.fesu.ac.jp/をご覧ください。
学生からの寄稿
ウラジオストク留学報告 ロシア語科2年 國立 翔
私は、学生寮で良いインドネシア人と同室になりました。彼は何でも知っているため、町のことや生活の仕方など色々なことを教えてくれました。
ロシアでは自由にトイレを利用することができません。スーパーやデパートにトイレはありますがとても汚く、ボロボロです。そのため、トイレは寮ですませてから出かける方がいいと思いました。
かつて本学から函館校に日本語研修のため留学にやって来たナターシャさんと会う機会があり、話がはずみました。街を案内してもらう機会はありませんでしたが、カフェでたくさん話をしました。
また、学校行事ではハイキングがあり、30キロくらい歩きました。場所がよくわからないのですが、岬まで歩いて行きました。
私にとって1カ月間の留学生活は、大変なこともありましたが、楽しいものでした。なぜなら、日本と違って交通も生活も全てが「サバイバル」だったからです。
ウラジオストク留学報告 ロシア語科2年 松井 真音
私は9月12日から10月12日にかけての1カ月間、ウラジオストクに留学に行ってきました。
空港に着いてからは、本学で用意してくれた車に乗り、本学があるルースキー島まで向かいました。しかし、人数とキャリーバッグの容量の問題で2人は車に乗れないため、空港からタクシーに乗らなければならなくなり、私と3年生の斎藤さんが個人タクシーに乗り寮に向かうことになりました。
大学キャンパスに着いてからは、寮費がなぜか先払いであったり、ATMがあるから行けと言われたため教えられた場所に行ったもののATMがなかったり、機械が起動していなかったり、さらには寮費の代金が間違っていたりと、初日から予想外の出来事が多く、「これがロシアか」と妙に納得しました。少し余分に持って行ったルーブルが役に立ちました。
次の日は、手続きとクラスの振り分けテストがありました。手続きを手伝ってくれたロシア人女性は、ロシア語に慣れていない留学生にも慣れているのか、とても親切にしていただきました。クラス分けのテストは、テルキ(外国人のためのロシア語検定試験)1級と同じような内容だったと思います。9月の新学期が始まる前だったせいか、本学の学生だけでなく、外国人留学生も多く、手続きは待たされることが多かったです。
また、私は証明写真を日本から2枚しか持ってきておらず、手続き関係で足りなくなってしまいました。証明写真は余分に持って行った方が良いと思います。先輩方の話を聞くと、必要な枚数が6枚だったり、3枚だったりと人によってばらばらで、そこでもまた、「これがロシアなんだな」と納得しました。
授業は、函館校の授業内容を復習するような形だったため、困ることはありませんでしたが、ある時、「日本の昔話をロシア語で書いて発表する」という課題が出され、それが少したいへんでした。
学校での時間以外は、食べ歩きしながら海岸沿いを散歩したり、買い物に行ったりと、大学や寮のあるルースキー島ではなく、基本的にウラジオストクの街で過ごしていました。他にも、現地で知り合ったロシア人や留学生と一緒に食事を作ったり、トランプで遊んだり、水族館や映画館に行くこともあり、とても楽しく過ごしました。
最終日の1週間前に「やり残したことはないか?」とロシア人の友人から聞かれたときに「オペラを聴きたい」と答えると、演目も席も用意してくれて、劇場に連れて行ってもらうことができたことがとても嬉しかったです。オペラは全部イタリア語ですが、舞台の両隣の電子パネルに英語とロシア語のセリフ字幕が表示されるので、とても楽しく観劇することができました。日本では9,000円は軽く超えるであろう演目が、ウラジオストクでは750ルーブル、日本円にするとわずか1,600円ほどでした。観劇に興味がない人でも一度は足を運ぶことをおすすめします。
予想外の出来事で困惑することが多々ありましたが、現地のロシア人や留学生の方々、先輩方に助けられて無事に過ごすことができました。
留学前にロシア語力を高めておく方が良いのは当たり前のことですが、精神的な意味でも、柔軟性を身に付けておく方がロシアでの生活には必要だと実感しました。
一カ月の留学を終えて ロシア語科2年 谷村 康夫
ウラジオ空港から大学寮に向かう時、タクシーを各自宿泊する寮棟に分かれて二台で行った。荷物が分かれていないことに降りた時に気が付いた。私が分かれた二人の棟まで荷物を持っていき、荷物を下ろしたのはいいが、彼らはまだ到着していなく、タクシーの運転手は英語も解さず、当然私はロシア語が話せず困っていた。その時、寮の受付の近くにいた背の高い綺麗な女学生が、英語で私に話しかけてくれた。運転手に、少し待って、私を寮棟に連れ戻してくれるよう頼んでくれた。
また、大学の留学生の受入の担当者のE嬢は、我々が話すロシア語のレベルを知り、親切にも次の手続きの部屋にまで連れて行ってくれた。私は個人的に、色々分からないことがあると、つたない英語で彼女に聞きに行ったが、嫌な顔もせず、丁寧に回答してくれた。
またある夜は、市内で私がタクシーを待っていた時、近くの人に間違えて、英語でタクシーの運転手か聞いた。そのあと、そこで私がしばらく待っていると、彼が待っているタクシーのナンバーを聞き、「すでにそこにいる」と教えてくれた。
学業では、講師の先生方は、私が先生たちのしゃべる内容を全く理解できずにいたが、熱心に何回も教えてくれた。ロシアの学校の留学生受入れシステムの煩雑さや、タクシー料金のいい加減さなど、いろいろ嫌になることがあったが、「ロシア人の方々の親切さ」を十分に味わえた一カ月であった。
この留学で、理由はわからないが、ロシア語文法に対する不満が全くなくなったことが、私にとって一番大きな変化であった。仏・独・英語に比して、露語文法は、例外が多く、規則性が無視されることが多きことに随分、閉口していたが、この留学から帰ると、なぜかそれが全く消えていた。多分、ロシアで露語を皆、当たり前に話し、普通に生活していることが、この一カ月のロシアでの生活で身をもって分かったからであろう。
留学実習報告 ロシア地域学科3年 宮田 絵梨香
留学の3カ月はあっという間で、本当に短く感じました。留学前は、生活面や勉強面でついていけるのか、自分のロシア語力で大丈夫なのかなど不安なことばかりでした。しかし、実際行ってみると心配していた自分が馬鹿げて思えるほどでした。
ロシア語学校では、先生方が優しく丁寧に指導してくださり、クラスメイトとも打ち解けることが出来ました。自分の勉強不足を感じることも多々あり、言いたいことが伝わらない事もありましたが、なんとかやっていくことができました。
また、学校主催の文化祭にも参加できとても良い経験が出来ました。文化祭には様々な国の学生が参加しており、多様な国の人と交流することができ、とても良い経験が出来ました。日本チームはダンスを発表したのですが、皆で集まって練習をして、大変ではありましたが、今となってはとても良い思い出です。
留学生活を振り返ってみると、大変なのは最初だけでした。時間が経つにつれ友達も少しずつ出来て、ロシアでの生活にも慣れ、1日がとても短く感じるようになりました。体調を崩したり、辛い事もありましたが、3カ月の留学生活はとても有意義なものでした。
ウラジオストク留学報告 ロシア地域学科3年 齋藤 航
私は3カ月間、ウラジオストクで留学実習を行いました。現地での留学生活が始まったばかりの頃、私は大学や寮での諸手続き、校内での授業、初めての寮生活等様々な面で不安を抱えていました。特に諸手続きの際には、私は自分の力でロシア語が上手く話せず、相手が話すロシア語も聞き取ることが出来ずといった状況で、本当に3カ月間無事に生活を送れるだろうか、ということばかり考えていました。
しかし、時がたつにつれて周囲の環境に馴染み始めた私は、毎日のロシア語の授業を受けるのが楽しみになり、周りのロシア人とのコミュニケーションも増え、休日には一人で街へ散策にでかけたりしました。
本学では、中国人や韓国人と共にロシア語の授業に参加しました。先生から会話作成の課題が与えられたとき、意思の疎通を図るのに困難をきたした時もありましたが、何とか打ち解けることが出来ました。
私は文法、会話、イントネーション、読解の4科目を受講しました。授業内容のレベルは函館校で学んだより遥かに高く、宿題や小テストも沢山ありましたが、熱心に指導して下さった先生方のおかげでロシア語能力が向上したと思います。
また、多数の外国人留学生が集う国際フェスティバルも私にとって貴重な経験となりました。世界各国の歌やダンス披露を鑑賞しました。今年の日本チームのプログラムはダンス披露で、当日まで厳しい練習を何度も行い、周りの日本人やロシア人と一緒に活動できたことは一生の思い出です。
大学だけでなく、ロシアの街中の魅力も肌で感じました。街を散策していると、路上やレストランなどで生演奏をしている人々を見かけたり、地下道などにあるキオスク、デパートや大型ショッピングセンターのクリスマスの催し等、日本とは異なるロシアの伝統・文化の違いを楽しむことが出来ました。
留学実習生活がスタートした時の不安でいっぱいであった私は、ウラジオストクとの別れの時になると寂しい気持ちでした。こうして極東大学本学の新鮮味を味わえたことやロシアでの暮らしを体験できたことは一生忘れません。それに、函館校で身に着けたロシア語力を本学の授業で発揮できたこともこの留学期間での目標達成の一つとなりました。本学への留学で得た新たな知識を今後の学校生活で生かせるよう頑張って参りたいと思います。
最後にウラジオストクでお世話になった先生方、休日に街の中心部を案内して下さった日本人やロシア人の学生、私を支えてくださった学生寮の関係者や函館校の先生方に心から感謝致します。
アカデミックリンクに参加して ロシア地域学科2年 工藤 文弥
私たちは、11月11日に開催されたアカデミックリンクに参加しました。アカデミックリンクとは函館市内の8つの高等教育機関が日頃の研究成果を発表する場です。函館校からは2つのグループが参加しました。
1つ目のグループは、過去に函館校を訪れたこともある、ラブロフ外相が出演している若者との討論番組を4年生が日本語に翻訳しました。
2つ目のグループは、7月に日露青年交流事業でエカテリンブルク国際青年キャンプに参加した学生を中心に、その時の体験や「イノプロム」を見学したことについて発表しました。「イノプロム」とは、エカテリンブルグで2010年から毎年開催されているロシア最大級の国際産業見本市のことで、今年は全体で20か国から600以上の団体が参加し、初日にはプーチン大統領も訪れました。この2つのグループはブース発表で、事前に作成したポスターを使い来場者の方たちに説明しました。
国際青年キャンプに参加したグループはステージ発表にも参加し、私がグループを代表して、派遣元の日露青年交流センターの概要や、ロシア人学生との交流について発表しました。質疑応答の時間では、一緒に参加した同じ大学の方から見習うべき点とは何ですか?との問いに、「私が在籍しているロシア極東大函館校からは1、2、4年生の計6名が参加しており、入学してからロシア語を始めた1年生が特に積極的にロシア語で話しかける姿勢を見せていたので、相手に伝えようという気持ちを学友からも学ぶ事ができた。これが最も習うべき点だ」と答えました。
他にも参加学生は他校のブースを見学する機会があり、北海道教育大学函館校の学生が発表していた「日本語学習者にも分かりやすい文書についての考察」は、ロシア語を日頃学んでいる私たちにとって興味深い内容でした。
学生委員会主催の学生交流会にも参加しました。他校の学生と話す機会が少ない私たちにとって、日頃学んでいることや研究について話しあう機会はとても貴重でした。
来年は3年生になります。ちょうどこの時期は留学中のため、アカデミックリンクには参加できませんが、4年次には参加が可能なので、先輩達に負けないよう日頃学んでいるロシア語を使って何かできればいいなと思いました。
全道ロシア語弁論大会に参加して ロシア地域学科4年 金子 智昭
12月2日に札幌でありました全道ロシア語弁論大会に出場し、お蔭様で優勝する事が出来ましたのでここでご報告させていただきます。
この大会は札幌で年一回開かれるもので、毎年、道内だけでなく東北地方からも出場者があり、その数は年々増加傾向にあると伺っております。特に49回目となった本大会では、A、Bの両部門を含めて38人もの参加者を数え、大変盛況でした。私達は2部門の内5分間のスピーチ、質疑応答、詩の暗唱のあるA部門に出場し、このような結構な賞をいただく事が出来ました。
自分のスピーチは「葉書にみる第一次世界大戦」と題して、自分が趣味で収集した当時代の郵便葉書について写真を交えながらの発表でしたが、何か自分にしか出来ない発表をと考えた結果がこのテーマとなりました。自分にとってこの大会に出場するのは2回目でしたので、多少勝手知ったる所もありましたが、さすがに当日は緊張し、質疑応答の際にはやや早口に口ごもってしまう事もあり、個人的には課題の見えた大会でもありました。
この結果に慢心する事無く、これからも努力を続けてゆきたいと思う所存です。
<結果> 1位 ロシア地域学科4年 金子 智昭
2位 ロシア地域学科2年 工藤 文弥
函館日ロ親善協会からのお知らせ
10~12月の主な活動実績
○ 10月27日(金) ロシア極東大学留学生歓迎会
○ 11月17日(金) 同 修了式・送別会
ロシア極東大学留学生支援実行委員会の招きにより、函館で日本語・日本文化の研修を受けていた留学生4名の歓迎会・送別会が開催されました。歓迎会には多数の親善協会会員にもご出席いただきました。修了式では会より記念品を贈呈しました。
○ 12月19日(火) 函館日ロ親善協会クリスマスパーティー
出席:在函ロシア人・ウクライナ人とご家族、会員計36名 会場:五島軒本店
多くのみなさまにご参加いただき、国を越えて友好を深めました。
≪係りより≫
今号から、これまでよりも版を大きくし、読みやすくしました。同時にカラー版にしましたので、留学中に学生が撮影した写真や学生の活躍する姿を是非お楽しみください。(倉田)