No.17 1998.10"Миллион звезд" ミリオン・ズビョースト/百万の星

辛くて楽しいロシアの旅

ロシア極東国立総合大学函館校 事務局 畠山 美奈子

さぁ、朝ご飯を食べに行こう。そう思った瞬間に、グラグラッ…。
ロシアへ出発する日の朝、成田のホテルにいた時に地震が起きた。
今回の旅行の始めは、とにかくついてなかった。まず、一緒に旅行するはずだった友達は出張が入って休みを取れなくなった。出発日が近づけば近づくほど円安になった。出発の直前にルーブル下落でエリツィン大統領が外貨取引停止を命じた。出発の前日に旅行会社から電話が来て、予約していたホテルが予約を断ってきた、と言われた…。
ロシアに一人で行くなんて無謀だとか変人だとか散々言われても平気だったけれど、こんなについてないことばかり次々と起こり、その上地震(規模は大したことなかったけれど)にとどめを刺されて、これからの旅行の行方が暗示されているようで不安と後悔が入り交じった妙な気持ちになった。窓の外は台風の影響で前日からの雨がまだ降っていた。
暗い気持ちで空港へ向かった。空港に着いて搭乗手続きを済ませ、荷物を預けると出発まで1時間半くらい残っていたので、空港のショッピング街をブラブラすることにした。元々買い物好きなので、これから旅行するということをすっかり忘れて夢中になり、色々買い込んで荷物を増やしてしまった。かなり落ち込んでいたはずなのに、おかげでいい気分転換になった。
モスクワへ向かう飛行機の中はツアー客でいっぱいだった。私の隣の席には某旅行会社の若い添乗員が座っていたが、無理難題を言うお客さんに振り回され、行きの飛行機だというのに既に疲れ気味だった。別の旅行会社の添乗員はロシアでの注意事項をお客さんに説明していた。
「ホテルでの朝食時に部屋に貴重品を置いていくと必ずなくなります。それは部屋係の人が出入りするからです。」、「ロシアから日本に手紙を出してはいけません。絶対に着かないので切手代の無駄になります。」、「帰りの飛行機で預けたスーツケースは、必ずと言っていいほどこじ開けられますので絶対貴重品を入れないでください。」
注意を促すためとはいえ、そんなことばっかり言われたらロシアに対して偏見を持っちゃうじゃないか。そんな目に遭うのはよっぽど日頃の行いが悪いのよ、と横目でその添乗員をにらみつつ、こんな旅行会社は絶対に使わないぞと思った。
モスクワに着いたのは夕方で、心配していたホテルもクレムリンからすぐ近くのロシアホテルに泊まることができた。モスクワでの2日半は、友人と過ごしたり、6月に講演をしてくださったソンツェフ氏の会社を訪問したりであっという間に過ぎ、いよいよ今回の旅行の最大の目的であるキジー島へ向かうことになった。モスクワからペトロザボーツクへ向かう夜行列車はすいていて、4人用のコンパートメントをひとりで使うことになり、ちょっと淋しかったけれど、車掌さんが度々声をかけてくれたので14時間の長い旅も安全に楽しく過ごすことができた。
朝のペトロザボーツクは寒かった。気温は10度以下で、街行く人々はコートを着ている。とりあえず長袖の服は持ってきたものの、真夏の日本で考えた寒さに対する備えはかなり甘かった。ジーンズの下にストッキングをはいて、Tシャツの上に長袖のカーディガンを着て、さらにジャケットを着ても、寒くて手がかじかんでくるし、鼻も耳も痛くなってくる。ホテルにチェックインして早くお風呂で暖まろうと思ったのに、バス付の部屋はなかった。お昼頃になれば少しは暖かくなるだろうと思い、布団をかぶって時間つぶしをすることに決めた。いつの間にか眠ってしまったらしく、1時間くらい経っていた。窓の外を見ると日が照っていて暖かくなってきたように思えたので、キジー島行きの切符を買うために街へ出かけることにした。切符売り場に行く途中で劇場の技師と名乗る歯のないおじさんに出会い、ちょっと話をしたばかりに、つきまとわれることになった。この街の住人として外国からのお客様に街の案内をする義務がある、と言ってどこまでもついて来る。丁度、人と話をするのに飢えていたので、このおじさんはいい話し相手になった。
キジー島行きの船の切符を買い、おじさんとも別れて、ついに船に乗り込んだ。約1時間半でキジー島に到着、本で見たのと同じ風景が目の前に広がっている。9月なので観光客はあまりいなくて、私一人のための貸切のような状態で、このすばらしい世界遺産の木造建築群を堪能することができた。特にプレオブラジェンスカヤ教会の姿は印象的で、遠くから近くから何度もながめていた。島はすっかり秋でナナカマドの実がなり、辺りは黄色に色づき、水面には夕日が当たり、キラキラ光ってなんとも言えない美しさだった。遠い日本からここまで来た甲斐があった、これがロシアのзолотая осень(黄金の秋)なんだ、このままずっとここにいられたらいいのに、と思った。
すっかり日が落ちてしまうと、風が出てきて寒くなってきた。風を避ける場所がないので、朝よりずっと寒く、膝がガクガクし、背中がゾクゾクする。こうなると今度は一刻も早く帰りたくなったが、キジー島への船は一日3便しかなく、暗闇の中ひたすら待つしかない。私の他に船を待っている人はほとんどいなかったので、本当に船は来るのだろうかと心配でたまらなかった。
1時間後、定刻から15分遅れてやっと船がやってきた。その途端、絶対にまた来ようと性懲りもなく考えている私だった。